ひだまりで。。。

原点


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(○○時計はゆっくりチクタクうごいています)表紙の貼り絵もモスラ作。
モスラが小学校一年生の時に綴った日記(詩も含む)を二年生になって出版した時の本です。
当時、担任だった先生とのやり取りも懐かしい。

先生が「ぜひ、出版をしましょう」と言ってきた時は驚いたな・・・。
驚いただけじゃなく自費で出すほどの・・って思ったしねぇ

決意させたのは先生の一言

「この子の将来の糧になると思うのです。絶対財産になると思うのです」

一番最初のモスラのファンであり理解者でした。

「我が子は天才!誰だってそう思って育てているじゃない。だから私だってそう育てるわ。誰に迷惑かけるじゃなし、何言われてもいいわよ。」

そう、思った・・・。思っていた。

でも、それじゃいけない。

理解者、協力者を見つける事
それには、理解してもらう努力をすること、協力者を見つける努力をすること。

これは親だけじゃない・・・当人もそうでなければならない。
その為には向き合ってしっかり育むこと=自立への道を教えていくこと

自分の身は自分で守らねば・・・

理解してもらえずによく泣いた

悔しくて泣いた
悲しくて泣いた

そういった中で一握りの応援者の暖かさにも泣いた

反省会もした
二号には随分と我慢させたと思う(モスラのせいで虐められたりもしたの。それでも兄を尊敬してくれたし立ち向かってくれた<喧嘩は負けたけどwそのうち勝ってたかなw

「ゲンコツされたら二倍で返してこい!」
わたしは、こうやって育てられたからモスラにも言った事があった

あったが・・・
「ゲンコツはねぇ~痛いんだよ・・・当たると痛いんだよ」と返された
それきり言うのをやめた<二号は兄のことでは我慢して手を出さなかったが自分のことでは勝率を上げていたな(笑)

「こんちくしょ~だよ!」
「こんちくしょう~だね」

毎年クラスの顔ぶれが変わると、一から努力のやり直しだったけど少しずつ理解者と協力者が増えた。
根気さと大らかさと発想の転換で乗り越えて・・・中学での闘いも越えて高校ではあっさり飛び越えた。
大学進学をして歓迎パーティーに出席できたときは嬉しかったな
(○隈○堂の前で写真を撮った日は新たなスタートラインに立った日で更に一人置いていく辛さは嬉しさと寂しさとで表現できなかったな)

小学校入学最初の参観日・・・終了後、居残りを言われたっけ
「モスラのことですね」との問いに先生は「そうです。どんなお子さんか知りたいのです」と言われた
「親にも分かりません」と答えるとポカンとしたっけw

「柵の中の羊と柵の外の羊はどちらが安全なのでしょうか」との問いに
「一線をどこで引くか、どの物差しで測るか・・ってことですね」と答えてくださった。

この人なら大丈夫だ・・・そう思った。

「一日のうち8時間近く一緒に過ごすなかで40人の中の一人だけに関わってくださいとは言いません。でもたった5分でもいいですから1時間分の思いを込めてあの子と接する時間を持ってください」
それだけをお願いして帰宅した。
今にして思えば大変なお願いだったと思う

PS・出版後、モスラからありがとうの意味で詩をもらった。
「お喋りな庭」の方へUPしておきますので、暇でw興味があれば覗いてみてね^^
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by hidamarinotamihid | 2008-06-18 16:04 | 家族
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   まったり、ほっこり、してたいだけの、お気楽者です
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